F1も2020年は特別です。

コロナ禍で生活や世界が一変してしまった2020年、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

普段の生活のみならず世界中のあらゆるイベントもコロナ禍の影響を受けて変更を余儀なくされています。

 

私の大好きなF1も、私が見始めた1990年以来春から始まるシーズンが初めて中止され、ようやく7月3日のオーストリアGPからの開幕となりそうです。

毎年、季節感のようなリズムがF1と共にあったので今年はすこし奇妙な感じがします。

 

開幕前のワクワク感をずっと引きずっているような、もう待ちくたびれたような

(実際F1は当初の開幕戦オーストラリアGPの予選開始直前まで現地で準備をしていて、本当に今日から始まるというその当日の朝に中止となりました)

待っている間に世界チャンピオン経験者のセバスチャン・ベッテルが名門フェラーリからの移籍を発表されたりもあり(ベッテルが「落ち着いていろいろと考えた末に決断を下した」と言っていたりするので、これもある意味コロナ禍の影響なのでしょうか)、

とにかく今年はF1も非常に特殊な状況で、いよいよ開幕を迎えようとしています。

 

F1ドライバーの夢をつかむためには莫大な費用、資金、コネクション、運が必要

さて、今年は初物尽くしのF1ですが、開幕を待ちながら私がふと思い出したF1にまつわる逸話をご紹介しながら、

F1ドライバーってどんな人?について語っていきたいと思います。

 

あなたはF1ドライバーってどんな職業だと思いますか?

現役のF1ドライバーは20人しかいません。世界で20人しかいない職業。どれだけ狭き門なのか

ちょっと想像がつかないくらいですよね。

私が今までF1好きとして色々な雑誌やWebを見てきた限りでは、

F1ドライバーは才能だけでなく、資金コネクションなども必要な非常に、非常に狭き門になります。

 

例えば、日本で子供をF1ドライバーにしようとした場合、まず子供が運転を練習できるような状況を用意するところから始まるかと思います。

子供が運転できる自動車、もちろん運転免許証は交付されないので公道で運転することはできません。

F1ドライバーになる方法は2通りあります。

4歳から運転できる、カートと呼ばれる簡単な構造の競技用車両を使ったカートレースに参戦して好成績をおさめ、

そこからスポンサーなどを見つけながら、ステップアップしていく方法、そしてもう一つは、レーシングスクールに入校して好成績をおさめ、

スポンサーなどを見つけながら、ステップアップしていく方法です。

 

カートレースの初期費用はカートショップが主催するチームに所属するのに約60万円かかり、

更に1レースごとに交通費や宿泊費も加えると約20万円かかるといわれています。

更に日頃の練習費用等も考えると年間500万円以上かかるといわれています。

高い!高すぎます!

中学生、高校生の年齢になると、参加できるレース数も増えて年間1000万円程はかかるといわれています。

つまり、小学校から始めたとして高校を卒業するまでの間に1億円くらいのお金がかかるといわれています。

 

またレーシングスクールに入校する方法では、スクールによって費用はもちろん様々ですが、コースを一通り受けると約600万円の費用がかかると言われています。

また、やはりこちらも練習をしないと上達しないので練習の費用などがかかり、1000万円程度は必要になるといわれています。

 

いずれの場合でも、ただ参加しているだけではお金を持ち出し続ける状態になり、好成績を収めてスポンサーを見つけるなり、

スカラーシップ(奨学金制度)を得ないと資金的に、非常に非常に多額の出費を強いられることになります。

 

つまり、子どもをF1ドライバーにするためには、親の出費に対する覚悟。まずこの壁があります。

よほど裕福な家に生まれるか、参加してすぐ頭角を現し、運よくスポンサーが見つかるなどしないと続けることすら難しい局面が、いきなり大きな壁としてあります。

実際にF1ドライバーの家族は裕福な家庭であることも多いですし、勝手を知っている(スポンサーを見つけやすいという側面もあります)という意味で2世ドライバーも多いです。

親子でF1チャンピオンになったグラハム・ヒルとデイモン・ヒルなど。

 

高校生くらいの年代の後も、基本的にはF1に向けてのステップは同じです。

お金をかけてレースに参加して、そこで好成績を残し、才能を認められてスポンサーを得て上位のカテゴリーにステップアップする、この繰り返しになります。

カテゴリーは各国でいろいろとありますが、国際自動車連盟(FIA)が定めるクラス分けによると、F4->F3->F2->F1というステップになります。

F2は現在F1のサポートレースとして、F1が開催される週末に同じサーキットで世界選手権として開催されています。

F3以下のカテゴリーは、国ごとの選手権として開催されています。

日本ではF4->F3があり、さらにその上に日本最高峰フォーミュラレースシリーズとしてスーパーフォーミュラというカテゴリーが存在します。

このステップアップ段階では、お金と才能だけなく、スポンサーを見つけ続けることのできるコネクション、スポンサーが見つかりやすい経済状況等

(不況下では、スポンサーが見つからないんです!)の運にも非常に左右されます。

 

親の出費の覚悟から始まり、才能と運、コネクションと途方もない難関の組み合わせの末に開かれている世界。

始めることも、続けることもままならない、続けたとしても報われる保証の全くない世界、それがF1ドライバーという世界で20人しかいない職業への道なのです。

親としては、胃が痛くなるばかりです。

 

夢をつかむために10歳のルイス・ハミルトンがとった行動とは?

 いわゆる一般的な経済環境の親子が挑むには、並大抵の覚悟では始めることも、続けることもできない世界であると想像します。

 狂気ともいえるほどの圧倒的な憧れ、他の人生を頭の中に1ミリも考えない一途さ自分が一番速いという絶対的な自信

そういったものがなければ進められない世界

想像を絶します。

 

ここでは私の好きなF1ドライバーが夢をつかみ取るためにとった必死なエピソードを紹介しようと思います。

 ルイス・ハミルトン。F1のことを少しでも知る方は、この選手の名前はご存じなのではないでしょうか?

F1史上初の黒人ドライバーであり、2008年に当時の史上最年少でF1ワールドチャンピオン、2020年現在で通算6度のワールドチャンピオンであり、

現役の間に、あのミハエル・シューマッハの歴代最多7回の記録を打ち破るのかどうか、多いに期待されている英国の国民的スターのドライバーです。

 

ハミルトンの家は裕福ではありませんでした。

2歳の時に両親が離婚、10歳になるまでは母親と暮らし、その後、父親アンソニー・ハミルトンと後妻のリンダ・ニコラスの家で暮らすようになります。

おそらくF1のことなど普通では考えることもできないほど家庭環境は複雑だったと思います。

そんな中、父親アンソニーは、ルイスが6歳の時にラジコン大会で大人に混じって2位になったことをきっかけに、息子には運転の才能があると確信し、

その年のクリスマスプレゼントにカートをプレゼントしたといいます。

まず、お父さんがおかしいです。6歳の息子のクリスマスプレゼントに中古だったとしても10万円以上はするカートをプレゼントするんですよ!

思い込みと熱量が半端ないです。

 

そして、そのカートで8歳からレーシングカートを始めたハミルトンはメキメキと頭角を現していきます。

(6歳でカートを買ったのはいいが参戦するまでのお金がなかったのか、はたまたハミルトンがそこまでカートに興味をもたなかったのかはわかりませんが。)

10歳の時には、イギリスカートチャンピオンになり、他にもいくつかのタイトルを獲得します。

 

父親の思い込みと熱から始まったカートのキャリアは、こうして本人の才能開花という形で開かれていきます。

ここに至る8歳から10歳までの2年も、カートを続けるために決して少なくない出費が必要だったはずです。

裕福でない父親と母親が必死になって働いて、影でこのキャリアを支えていたのかと思うと、これはもう、ちょっとした家族ドラマです。

 

さらに同1993年の英国オートスポーツ・アワード(イギリスのモータレースの年間授賞式)に出席したハミルトン本人が、ものすごい意志力を見せつけます。

10歳のハミルトンは、同じ表彰式に出席していたF1チームマクラーレンの代表のロン・デニスの元に、

自分から歩いていき「あなたの車に乗ってワールドチャンピオンになりたいです」とアピールしたのです!

10歳の少年がテレビ中継もされるような大人の大イベントに出席して、萎縮することもなく自らその場で営業活動です。

フツーの小5の子なら、はにかみながら出席して「う、嬉しいです、ありがとうございます!」なところです。

 

その意志力必死さ行動力自信は半端なものではありません。

 それに対してロン・デニスは同時にハミルトンからねだられたサインの横に「9年後にまたおいで」と書いて戻したといいます。

そして、このことをきっかけにロン・デニスはハミルトンを気に留めるようになり、ハミルトンの活躍をチェックし始めます。

 

その後、ミルトンの才能に感化されたロン・デニスのほうが、9年も待つことができなくなり、自らハミルトンに連絡をいれ、

5年後にマクラーレンはハミルトンと長期契約を結びます。

 

スカラーシップのようなもので、そこからはF1チームマクラーレンの支援のもとでキャリアを重ねていくことになります。

そこからのキャリアはものすごく順調で、ハミルトンは2007年に、マクラーレンからF1にデビューします。

 

当時マクラーレンはF1のトップチームであり、新人がマクラーレンからデビューするのは非常に珍しいことでした。

そして、残念ながら2007年はチャンピオンになれなかったものの、翌2008年に当時史上最年少でF1ワールドチャンピオンになるのです。

 「あなたの車にのってワールドチャンピオンになりたいです」は実現したわけです。

 あの夜ハミルトンが勇気を出してロン・デニスにアピールしていなければ、これらのすべては起こっていないのではないでしょうか?

 チャンスをつかむ意志、行動力、運、そして縁の集合体のような話です。ドラマです。

 

F1の大きな魅力はドライバー同士の狂気的な意思のぶつかり合い

もう頭のネジが飛んでるとしか思えないような、狂気的で爆発的な意思を継続し、それを持ち続けながらチャレンジし続けて、

ようやくたどり着いた夢のF1という舞台で、20人の選手がさらに究極の夢であるF1チャンピオンという夢に向けて、しのぎを削るというこの人間ドラマ。

それがF1です。

そんなところがフツーの家に生まれフツーに生きている私からすると、とっても見ていて面白いF1の魅力の一つです。

皆さんももしF1を観戦されることがあったら、そのようなドライバーのF1に至るまでの背景にも思いをはせながら見てみると、

ただ同じところをぐるぐる回っているだけ、ではない面白さを感じるはずです。

 

他にもF1には面白いところがたくさんあります。ドライバーだけでなくマシンの開発をするデザイナーの戦いも非常に面白いです。

我が日本のホンダエンジンを搭載しているF1チーム、レッドブルとアルファタウリ(旧トロロッソ)をご存知でしょうか。

そのあたりのお話はまたの機会に。

 

いよいよ開幕するF1 2020シーズン、楽しみですね!

血がたぎります…!